
今日は削りだ!と思って行った、先生から、前回の最後の挽きがグダグダだったから、
しばらく、感覚を取り戻すまで、集中的に挽いた方がいいと思いますと提案されたので、今回も電動ロクロで粘土を挽いた。
時間内に湯呑を二つ挽くことが、目標。
とても暑かったので、粘土が柔らかめだ。
気候や気温によって粘土の固さは違うし、乾き具合も異なる。
今日こそは芯が出せるといいなと、気合を入れてロクロの前に座るも、粘土が全く思うようにならず、トルネード状にねじれてしまう。
力を入れ過ぎているんだなとわかるが、なかなか立て直せない。
粘土を力で思うようにしようとするのは、間違いだとわかっているが、どれくらいの力加減なのかが、つかめなくて、今日は正直、もうダメかもしれないな、という気分になる。
芯が出せないまま、粘土を殺し、粘土を均一化して、扱いやすく成形していかなければと、行程も意味もわかっているのに、私の手は、粘土をどんどんねじらせてしまう。
そんな状態を繰り返していたら、先生がサポートしてくださり、土台の成形を作ってくださった。
先生が手を出して、手伝ってくださったのは、ひさしぶりだった。
土台がしっかりできれば、あとは上に挽くだけだ。何とか削りの練習に回せるカタチを成形できた。

でも、挽き終わった器は、カタチが歪んでいるので、ああ芯が出てないなとすぐわかる。
気を取り直してもうひとつ分を、同じ練習の繰り返しだ。
芯出しを始めようとすると、先生が、初期の頃のように、基本の姿勢、腕の位置、手の動かし方を、言葉で指示してくださった。
その言葉に素直に、土に触れていく。
「力で粘土を思うようにしようとしないで、粘土にお願いする気持ちで、力まず、ゆっくりやりましょう!」と言われる。
そうなんんだよ、無駄に力が入っているのは、わかっているけれど、どうすれば?という迷いの中だったが、先生の指示に従って、土に触れていたら、土は捻じれなかったのだ。
すっかり忘れていた感覚を、少し思い出してきて、自分がどれほど、力まかせに、土に触れていたのかを、やっと体感した。
「ひとつ目と全然違うよ、いいね」と言ってくださる。
そして、芯だ出せた時に、嬉しくて泣きそう。
でも次の試練が待っている。せっかく芯が出せたのに、土台がブレてしまい、土台がブレた粘土は上手く挽けないのだ。どんどん歪んで成形できなくなる。
二つ目は削りの練習のための器のカタチにするというところまで、
持っていけないで、終わった。
先生に、惜しかった!あともう少しだねと慰めていただき、今回は終了。
でも、約10カ月かけて、電動ロクロと向き合った過程の全てを、忘れてしまった訳ではないという実感を、今日は持てたのでよしとしよう。
やはり、いまは大事なところだから、じはらく連続して挽きに集中しましょうとなった。
他の生徒さんが、素敵な作品を、どんどん作っているのを、横眼でみて、ふと私ももっと、気楽に手びねりでお皿とか作ってもいいのかもな~と思ったりもするが、やりたいと思ったことを、今、上手く進まないからと、やめるのは、私には無理だなと思い直す。
趣味だからこそ、自分のこだわりに徹底するを、出来るところまでやってみたいんだと改めて実感した時間となった。