
今年は飛行機に乗ることは無く終わりそうだ。
夫が仕事を退職すると言うので、辞めたら温泉に行こうかと話していた。
行ってみたい温泉場はいくつもあるが、今回は箱根へ行くとなった。
そして、箱根旅行を考えていて、自分の旅について、いくつか気がつくことがあった。
夫の「温泉行きたい」は、リフレッシュとか、くつろぐという意味がある。
でも私には旅行=日常から離れてゆっくりしたい、休むという発想があまりない。
せっかく普段と違う場所に来たのだから、普段と違うものに触れたいが先立つのだ。
旅に何を求めるかは人それぞれで、温泉や宿泊先でのんびりしたい人もいれば、その土地を知るとか、触れてみたい人、名所旧跡や絶景、美味しいものを求める人もいる。
私はこれまで、自分は「テーマ主義」というか、そこでは何が目的かが、大事だと思っていた。
今回は「くつろぐ」と決めたら、くつろぐための旅を組み立てる。
美味しいもの目当てならそれを中心に考える。
ところが今回、箱根をどう旅するかで苦戦した。
テーマだけでは、旅が組み立てられなかったのだ。
自分の中でプランがすっきりしない。なんとなく不足を感じるし、面白く立ち上がって来ない。AIにあれこれ検索してもらっても、ピンとこない。
私は時間に余裕をもって行動したい。でも何も予定を入れず、ただゆったりしたいわけでもない。
絶対行きたい場所の他には、空いている時間でちょっと気になるものを拾って、ルートに入れてみるとかが、好きみたいだ。
カフェも同じだ。カフェで長時間まったりしたいわけではなく。疲れたら入る。時間に余裕があればお茶する。そんなふうに使う。

そこで、ふと思った。
私の旅は、興味のあるものを「点」として拾って、それを移動でつないで行くのが基本なのではないか。
「何をするか」だけではなく、それが次に何につながるかが、必要だったらしいとわかった。
夫からはいつも「移動距離が長すぎる」と言われる。
私の旅は、近いエリアをまとめて効率よく回る旅には、ならないからだ。
ある場所に興味を持つ、そこから別の興味がある場所がそう遠くないとわかる。
するとそこも組み込んでしまう。興味を線でつないで行くから、結果的に移動距離が伸びてしまう。
だからと言って、観光名所を制覇したい欲もない。
自分の興味「ちょっと面白い」を次々拾って行きたい。そしてそれが自然につながって、自分なりの流れになっていくことが面白いのだと思う。
ここ数年の旅を振り返っても、目的地をひとつ決めて、その周辺だけで完結するスタイルではなかった。
興味のある点を地図上で並べて、つないでいく。
だから、箱根の中だけで完結する旅は、私には少し窮屈なのかも。
ひとつの興味を起点に、次の興味へつなげたい。でも、欲張って観光地を増やしたいわけでもない。
「ここまで来たら、どことつなげられるか?」
どうも私は、旅を考えるときに、無意識に次の接続を探しているらしい。
同じ空港に戻るより、別の場所から帰る。来た道を戻るより、通らなかった道へ進む。
レンタカーの乗り捨て代が高くついても、同じ場所へ戻るより、旅を先へ進ませたい欲望があるみたいだ。
どこに行ったかより、どう展開していくかのほうが、私には面白いのかもしれない。
だから「移動距離が長い」「旅の組み立てが強引」とは自覚していたけれど、その奥にあるものには、気がついていなかった。
私は旅を「行き先」ではなく「線」で組み立てていたのだ。
私にとって「線」は、単なる移動ルートではない。興味をもったものが、次の興味を呼び、その先の旅が展開していく、その流れそのものが、私には面白いのだと思う。
線が見えてくると、あとは自由だ。
予定が狂っても気にならない。現地で起きたことに反応して、また動けばいい。
でも、線をもたないまま旅に行くのは落ち着かない。
「線」が見えるということは、流れが動き出すことなのかもしれない。
それは、旅が動き出せる状態になる、ということ。
そう考えると、私はロードムービーみたいな旅が好きなのかもしれない。









